第12回松尾芸能賞


大賞演劇中村吉右衛門一谷嫩軍記(陣門・組打・陣屋)の熊谷直美の演技は、伝統を継承しつつも、作品の解釈の深さと優れた技量によって、人間の感情の深層を的確に表現し、見事な舞台成果を挙げ、芸境の高さを示した。
優秀賞演劇藤田まこと4年ぶりに再演したブロードウェイ・ミュージカル「その男・ゾルバ」の主人公は、初演よりはるかに人間的奥行きを感じさせる好演技であった。荒くれた男で、粗野な乱暴者だが、正義感もあり、一面に心のやさしさをもっている。ギリシアの風土にまぎれこんだアメリカ人青年ニコが出会った、もっとも男らしい男の話である。そのゾルバを力強く演じ、しかも魅力ある人物として表現した。進境の著しい点は、高く評価される。
優秀賞邦楽芝祐靖雅楽と雅楽の笛を、現代の生命あるものとし、新しい命を与えてきた音楽家として、長い伝統をもった雅楽の家に生まれ、雅楽の笛の演奏家として、古典の演奏から、自作を始めとする現代音楽の演奏や、古代の音楽の復元など多彩な活動により、雅楽の笛の新しい道を探り続けてきた。とくに最近のCD「雅道(みやびみち)」やリサイタルでは心技まさに充実して、新しい音楽世界への飛躍を示した。
優秀賞邦楽都一いき一中節都派の重鎮としてよく古典曲の継承につとめ、近年は三味線の弾き語りによるリサイタルを継続して、一中節浄瑠璃の密度高い演奏を行っている。一中節の音楽的特徴のみならず、文学的内容にも十分に理解の届いた演奏で、浄瑠璃の大道を歩む演奏者として今日の第一人者と言うにふさわしい。三味線弾き語りも、現在の一中節の芸境から言って、文句なしにこの人の技量に依るべきで、正しい芸位が保たれている。
優秀賞邦楽常磐津一巴太夫常磐津の太夫として優れた技芸を示している。若年より頭角をあらわし、30代から歌舞伎公演の立語りとして活躍。重要無形文化財総合指定「常磐津節保存会」発足時にも最年少で保持者となった。「雙生隅田川」「けいせい仏ヶ原」等における作曲の才も光る。東京・名古屋・京阪神と多くの門下の指導、育成にあたっている功も大きい。本年は歌舞伎公演の「蜘蛛絲梓弦」「男女道成寺」「廓文章」(吉田屋)、舞踊会の「山姥」「釣女」等に実力を発揮した。
優秀賞歌謡芸能牧村三枝子昭和47年にデビューし、昭和53年発売の「みちづれ」が150万枚突破の大ヒットとなる。以後網走刑務所ライブコンサートをはじめ、全国炭坑チャリティーコンサート、中国コンサート、硫黄島、南鳥島航空自衛隊慰問コンサートなど、その活動は常に社会的にも話題を提供する一方、日本の伝統工芸師をテーマにしたアルバム「職人さん」を発売するなど、ユニークな制作姿勢をみせている。その中からシングルカットされた「友禅流し」がヒットし、演歌部門不振といわれる歌謡曲界にあって、活躍している数少ない女性歌手の一人である。その確固たる信念にもとづいた音楽活動は賞賛に価する。
特別賞舞踊花柳壽楽長年にわたって、古典・創作の追求に真摯な歩みを続けており、その実力は斯界において周知の通り。花柳流家元、故二代目花柳寿輔(寿応)の義弟という立場から、初代及び二代目寿輔による数多の振付作品の伝承と、その指導に力を盡すと同時に、演技者を兼ねている存在意義も誠に大きい。本年は、この面で「茨木」の主演、「釣女」の太郎冠者という秀逸な舞台があり、一方また自身の振付による素踊「隅田川」に優れた成果をあげた。
特別賞舞台衣裳伊藤静夫歌舞伎の舞台衣裳に対する豊富な知識と見識によって多年にわたりその製作の指導、考証、復元などを行い、伝統の継承と発展に尽くした功績はまことに大である。
新人賞邦楽野澤錦彌文楽における三味線の若手として、優れた素質、着実な進境を示し、将来の大成を期待させる。国立劇場第三期研修生出身であり、この制度から生まれた頼もしい技芸員の1人であることも喜ばしい。本年は「伽羅先代萩」の「御殿の段」(後)で先輩級の太夫の三味線をしっかりとつとめ、また、「生写朝顔話」の「大井川の段」、「奥州安達原」の「環の宮明御殿の段」(中)等にも同様に力をみせた。
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